東京地方裁判所 昭和33年(行)72号 判決 1960年2月25日
原告 千葉敏夫
被告 東京国税局長
主文
原告の請求を棄却る。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(請求の趣旨)
被告が昭和三三年一月二八日になした原告の審査請求を棄却する旨の決定はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
(請求の原因)
一、原告の昭和三一年分(同年一月一日から同年一二月三一日までの期間)の所得税について、所轄千葉税務署長は原告から確定申告書の提出がないものとして昭和三二年五月一六日次のとおり決定処分をなし同日原告に通知した。すなわち、総所得金額二四八、二一〇円(内訳不動産所得一五〇、三五二円、給与所得四八、一八〇円、配当所得四九、六七八円)、所得税額一七、五三〇円、無申告加算税額二、五五〇円。原告は右決定処分に対し同年六月一一日同署長に再調査請求をしたが、同署長が三箇月以内に再調査決定をしなかつたので、右請求は被告に対する審査請求とみなされることとなり、被告は昭和三三年一月二八日審査請求棄却の決定をし同日原告にその旨通知した。
二、しかしながら、千葉税務署長のなした決定処分は次の理由で違法であり、したがつて右処分を認容した被告の審査決定も違法である。
(一) 原告は昭和三一年分の所得税の確定申告期間内である昭和三二年三月一四日に千葉税務署長に対し、所定の確定申告をした。もつともそれは正規の確定申告書用紙によつてなしたものでなく、同署長から予め交付されていた「家屋土地の賃貸料についての照会」と題する書面を利用して、これに給与(恩給)所得額、不動産所得額及び総所得額を記載して提出したものであるが(原告提出の昭和三三年一二月二日付証拠申出書添付の家屋土地の賃貸料についての照会回答書と同一書式内容のもの)、右は適式の確定申告というべきである。のみならず原告は、前記決定処分がなされる前、正規の確定申告書用紙により確定申告したが、申告期限後であるとの理由で却下された。したがつて、原告から確定申告書の提出がなかつたものとして千葉税務署長がなした前記決定処分は(とくに無申告加算税において)違法である。
(二) 原告の昭和三一年分所得額は、不動産所得零、給与(恩給)所得四八、一八〇円で総所得金額は四八、一八〇円にすぎず、所得税額は零である。原告の所有建物の坪数、室数、畳数が被告主張のとおりであること、原告が二階六畳のみを自ら使用していたことは認めるが、昭和三一年分賃料収入の内訳は次のとおりで、むしろ空室になつていた期間の方が永く、また権利金はとらなかつた。
間借人 室別 期間 賃料
田辺啓子 斎藤某 四畳半 二カ月 計四、四〇〇円
鳥海千専子 八畳 二カ月 〃 五〇〇円
岡崎幸生 八畳 六畳 二カ月 〃七、〇〇〇円
辻和子 六畳 二カ月 〃七、〇〇〇円
吉沢某 八畳 二カ月 〃七、〇〇〇円
山口某 四畳半 一カ月 二、五〇〇円
某 四畳半 一カ月 二、五〇〇円
合計三〇、九〇〇円
また、原告は係争年分において、被告主張のとおり固定資産税を支払つたほか、大塚某に五、〇〇〇円、中島みの吉に二、〇〇〇円をそれぞれ地代として支払い、さらに、同年暮トタン工事の修理をし、その修理費として(トタン板、ブリキ屋、ペンキ)四五、〇〇〇円を費した。なお、屋根互工事もしなければならない現態にあつたが、相当大きな工事となるので、同年中近所の瓦屋と契約だけし、後日暇を見て右工事をしてもらうことにしてあり、その修理費は、二、三十万円を要する見込である。次に、被告主張の配当所得は株式の配当金に関するものであるが、右株式の名義は原告名義になつていたものの、これらの配当金は実際上すべて借金の返済にあてられたから、原告の所得とはならなかつたのである。
三、よつて被告のなした本件審査決定の取消を求める。
(被告の申立)
主文と同旨
(被告の答弁及び主張)
一、請求原因第一項は認める。
二、原告はかねて肩書地において貸間業を営んでいたが、昭和三一年分所得税の確定申告をしなかつた。もつとも、原告は、千葉税務署長がかねて原告の同年分の不動産所得を調査するため原告に送付し所要事項を記入のうえ返戻すべきことを求めていた「家屋土地の賃貸料についての照会」と題する書面を、一部の事項を記入したうえ昭和三二年三月一五日にいたり同署長に提出した(その書式内容は乙第一号証と同一である)が、その内容は原告所有家屋の賃貸料について回答であるにすぎなかつた。しかし、同署長の調査によれば、原告は昭和三一年分所得税について確定申告書を提出すべき義務ある者と認められたので、同署長はその調査したところに基き原告主張のような決定処分をしたのであつて、確定申告書の提出がない以上、右決定処分をしたこと自体はなんら違法でない。かりに、原告が提出した前記回答書の内容が、原告主張のとおりであつたとしても、その記載内容では確定申告書としての記載要件を満していないから確定申告書を提出したことにはならない。すなわち、所得税の確定申告書には、所得税法第二六条第三項に規定する各事項を記載しなければならないところ、原告が記載したと主張する内容は総所得金額とその内訳及び右内訳のひとつである不動産所得の内容だけであるから、法定の、課税総所得金額や所得税額等の金額の記載、予定納税額や源泉徴収所得税額の有無の記載及び所得税の過不足額の有無の記載を欠き、適式な確定申告書としての記載要件を満していないというべきである。
三、原告の昭和三一年分所得額は、不動産所得二三二、六二三円、給与所得四八、一八〇円、配当所得四九、六七九円で総所得金額は三三〇、四八二円であると認められるところ、原告は確定申告書を提出せず、かつ、提出しなかつたことにつき正当な事由がないと認められるから、右金額の範囲内でした千葉税務署長の決定処分は適法であり、これを認容した被告の本件審査決定も適法である。なお、右不動産所得の計算内容は次のとおりである。原告は係争年分において千葉市新町一三四番地所在の原告所有の建物(木造瓦葺二階建住家一棟一階二一、五坪二階一三、五坪物置三坪計三八坪、宅地六六坪五合は訴外大塚喜義から賃借している)のうち、二階六畳のみを自ら使用し他の室すなわち二階の八畳、四畳半二室、一階の八畳、六畳、四畳半合計六室をそれぞれ他人に賃貸していた。その賃料及び権利金収入並びに支出の内訳は次のとおりで、差引所得金額は前記のとおり二三二、六二三円になる。
収入
二階 八畳 賃料 四三、〇〇〇円
権利金 一二、〇〇〇円
〃 四畳半 賃料 三〇、〇〇〇円
〃 〃 〃 三六、〇〇〇円
一階 六畳 〃 四二、〇〇〇円
〃 四畳半 〃 三六、〇〇〇円
〃 八畳 〃 四二、〇〇〇円
合計 二四一、〇〇〇円
支出
固定資産税 六、〇八一円
(ただし、固定資産税の総額は八、七六〇円であるが、建物の総延坪三八坪のうち原告専用部分三坪(六畳一室)に対する額(8,760円×3/38)六九一円と、原告と間借人との共用部分一七坪二五)総延坪数から各室の坪数を差引について計算すると一七坪二五となる)に対する額の半額(8,760円×17.25/38×1/2)一、九八八円との合計金二、六七九円を原告の家事上の経費として除外した)
地代 二、二九六円
(ただし、原告が前記宅地の所有者に支払つた地代は、四、〇〇〇円であるが、このうち、建物の建坪二四坪五合に対する地代額一、四七三円(4,000円×24.5/66.5)については前記固定資産税の家事上の経費の比率三〇%(2,679÷8,760円)によれば(1,473×0.3)、四四一円が家事上の経費となり、残りの四一坪五合すなわち原告と間借人との共用部分に対する地代額二、五二七円(4,000円-1,473円)についてはその半額すなわち一、二六三円が家事上の経費となるので、その合計一、七〇四円を除外した)
支出合計 八、三七七円
差引所得金額 三三二、六二三円
なお、原告が係争年中に、本件建物の修理費として四五、〇〇〇円を支出した事実は否認する。
(証拠関係省略)
理由
一、請求原因第一項の事実は当事者間に争がない。
二、原告は、千葉税務署長から予め原告に交付されていた家屋賃貸料についての照会書を利用し、これに所得金額を記入して、確定申告書の提出期限内に同税務署長に提出した旨主張するが、証人千葉常磐の証言は証人水上幸江、渡部隆治、一見一郎の各証言に対比してそのまゝ信用できず、他にこれを認めるに足る証拠がない。しかし、かりに原告が右書面を提出したのが確定申告書の提出期限内であり、また、その記入事項が原告主張のとおりであつたとしても、それは、所得税法第二六条第三項所定の確定申告書としての記載要件中、同項第三号(課税総所得金額、所得税額)、第六号(源泉徴収所得税額)、第七号(予定納税額)、第八号(所得税の過不足額の有無)などの記載要件を欠いたものであるから、これをもつて有効な確定申告書の提出ということはできず、前記各証人の証言によつても所定以外の用紙による記載不十分の申告書を受付けこれを訂正補充する取扱を認めていなかつたことが認められるから、原告の右主張は理由がない。原告は、千葉税務署長の本件決定処分がなされる以前、正規の確定申告書用紙により確定申告したが申告期限後であるとの理由で却下された事実があると主張するが、証人一見一郎の証言によればそのような事実は全くないことが認められる。右認定に反する証人千葉常磐の証言は信用できない。他に原告が本件決定処分前に確定申告をなしたことを認めるに足る証拠はない。
三、原告が、被告主張のような坪数、室数、畳数の建物を所有し本件係争年分において、二階六畳のみを自ら使用し他の室を賃貸していたことは原告の認めるところである。そして、成立に争ない乙第三、第四、第八号証、証人湯浅昌二の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は、二階八畳につき同年六月から一二月まで月額三、五〇〇円の賃料及び権利金一二、〇〇〇円を鳥海千恵子から、二階四畳半につき同年一一月及び一二月に月額二、五〇〇円の賃料を田辺啓子斎藤正子から、一階六畳及び二階八畳につき同年四月、五月に、前者については月額三五〇〇円後者については月額四〇〇〇円の賃料を岡崎幸生から、それぞれ受取つたことが認められ、さらに、成立に争ない前記乙第三、第四、第八号証のほか、同第五ないし第七号証、証人湯浅昌二、同神保礼司の各証言を総合すると、千葉市内における昭和三一年の貸間の需要は多く空部屋になるようなことはなかつた事実、原告の貸間に供していた室はいつもふさがつていた事実、原告は本件係争年分の賃料収入については記録しておらず、間代領収書控は昭和三二年一〇月分から保存しているが、それによると二階八畳の賃料は昭和三二年一一月分は三五〇〇円、二階四畳半は同年九月分ないし一一月分において月額三〇〇〇円、一階四畳半は同年一〇月分一一月分において月額三〇〇〇円、一階六畳は同年一〇月分において三五〇〇円であつた事実、原告が本件審査決定の担当協議官に対し、賃貸した各室の昭和三一年の賃料は同三二年の賃料とほぼ同じようなものであると述べたことのある事実、本件建物の貸間としての条件は普通であつて、千葉市内の昭和三一年の貸間賃料は、貸間条件が普通の場合四畳半が月額三〇〇〇円、六畳四〇〇〇円、八畳五〇〇〇円が相場とされていた事実がそれぞれ認められ、以上の事実からすれば、原告は、二階八畳につき昭和三一年一月ないし三月分まで月額三五〇〇円宛、同四畳半につき一月ないし一〇月分まで月額二五〇〇円宛、同四畳半につき一月ないし一二月分まで月額三〇〇〇円、一階八畳につき一月ないし一二月分まで月額三五〇〇円、同六畳につき一月ないし三月分、六月ないし一二月分まで月額三五〇〇円、同四畳半につき一月ないし一二月まで月額三〇〇〇円、の各賃料収入を得たものと推認することができるから、結局原告は昭和三一年において、間貸により、二階八畳につき四三、〇〇〇円の賃料及び一二、〇〇〇円の権利金、同四畳半につき三〇、〇〇〇円の賃料、同四畳半につき三六、〇〇〇円の賃料、一階八畳につき四二、〇〇〇円の賃料、同六畳につき四二、〇〇〇円の賃料、同四畳半につき三六、〇〇〇円の賃料、以上合計二四一、〇〇〇円の賃料及び権利金の不動産収入を得たものというべきである。証人千葉常磐の証言中右認定に反する部分は前記乙第三、第四号証に照しにわかに信用しがたく、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。しかして原告が係争年分において本件建物につき固定資産税として八、七六〇円を支払つたことは当事者間に争ないところ、被告主張のような計算方法による二、六七九円を家事上の経費として除外すべきであるから、その差額六、〇八一円が必要経費に算入さるべき固定資産税である。また、成立に争ない乙第一二号証によれば、原告は本件建物の敷地の昭和三一年分の地代として大塚喜義に四、〇〇〇円を支払つたことが認められるところ、被告主張のような計算方法による(右敷地の坪数が被告主張のとおりであることは原告が明かに争わない)一、七〇四円を家事上の経費として除外すべきであるからその差額二、二九六円が必要経費に算入さるべき地代である。原告は、右のほか、中島みの吉にも地代を支払い、またトタン工事修理費として四五、〇〇〇円を支出したと主張するが、これを認めるに足る証拠はなく、結局、前記不動産収入から控除すべき必要経費は、右固定資産税六、〇八一円と地代二、二九六円の合計八、三七七円であり、したがつて、その差額二三二、六二三円が原告の不動産所得である。
四、成立に争ない乙第九、第一〇号証によれば、原告は昭和三一年に計四九、六七九円の株式の配当所得があつたことが認められる。原告は、これら配当金は受領後すべて借金の返済にあてられたと主張し、そのことは証人千葉常磐の証言により認められないことはないが、同証言によれば、その借金は右株式投資の元本調達のためのものとは認められないから、前記配当所得の計算上これを顧慮することはできない。次に、原告が同年に四八、一八〇円の給与(恩給)所得があつたことは原告の認めるところである。
五、したがつて、原告の昭和三一年分総所得金額は、右不動産所得、配当所得、給与所得の合計金三三〇、四八二円であるというべきであるから、原告を確定申告書の提出義務ある者と認め右金額の範囲内でこれを二四八、二一〇円と認定し、所定の税率による所得税を課し、なお、前記認定のとおり原告は確定申告書を提出せず、かつ提出しなかつたことについて正当な事由があつたことが認められないからこれに対し法定の無申告加算税を課した千葉税務署長の本件決定処分は違法でなく、したがつて右処分を認容した被告の審査決定も違法でない。
よつて本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石田哲一 地京武人 桜井敏雄)